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2013年6月 7日 (金曜日)

【日治時期を知る (18)】台湾原住民と理蕃事業⑥ 映画『セデック・バレ 虹の橋』、反撃。


より大きな地図で 賽德克・巴萊(セデック・バレ) を表示

・泰雅タイヤル族(北蕃)
・賽德克セデック族=西賽德克セデック族(南投県)
  Photo德克搭雅タクダヤ蕃(霧社蕃)
     マヘボ社ボアルン社ホーゴー社ロードフ社タロワン社(タクダヤ)スーク社
     カッツク社・タカナン社・パーラン社・トーガン社・シーバウ社・ブカサン社
     ※ブカサン社は1930年(昭和5年)までにマヘボ社及びボアルン社に吸収合併された。
  Photo_2都達トゥダ蕃(タウツァ)
    ルクダヤ群
     ピヘラ社・ホメリシ社・クラパウ社・ルクダヤ社
    トーダ群
     ルーサウ社・トンバラ社・アイユー社・プンポン社
  Photo_3德魯閣タロコ蕃(トロック)
     サドゥ社・ブラヤウ社・ブシシカ社・ブシダヤ社・タロワン社(タロコ)
・太魯閣タロコ族=東賽德克セデック族(花蓮県)
    太魯閣タロコ蕃
    巴托蘭バトラン蕃(別名・木瓜、タクダヤに相当)
    桃賽タウサイ蕃(トゥダに相当)
    ※花蓮ではタロコが大多数を占める。 バトラン、タウサイも太魯閣族分類となっている。
・布農ブヌン族(南蕃)
※タクダヤ以外の各社の発音は仁愛郷公所HP記載のアルファベット表記を参考にしていますが、適当です^^;。

* * * * * *

日本人にとって『セデック・バレ』は、良くも悪くも衝撃的な映画だった。 史実を基にしたストーリーであることが、台湾に親近感を抱き始めていた現代日本人の中に、とてつもなく大きな『無知に対する罪』の意識を生じさせた。 ショックを受けた多くの人が、ポッカリと欠落したその穴に、たった今見たばかりのシーンを手当たり次第に詰め込んでいった。 有名人、一般個人に関わらずこの映画を見た方々のヒートアップした感想やツイートを読みながら、僕はそんな印象を持った。
繰り返し書くが、映画は映画、なのである。

第二部『虹の橋』では、運動会襲撃を遂げたタクダヤ蜂起蕃が日本軍の苛烈な反撃によって追い詰められ降伏するまでを、アクションたっぷりに描いている。

【反撃開始】
霧社蕃蜂起の知らせは眉渓駐在所に駆け込んだ遭難者から能高郡役所を経て、すぐに台北の総督府へと伝えられた。 霧社との連絡網は途絶していたが当局の対応はひじょうに早く、27日午後2時には非常招集した台中の警察隊170名余が埔里に向けて出発。 台北、台南、花蓮などの周辺警察及び陸軍も動き始めている。 不明だった現場の様子も続々と下山してくる遭難者の証言や飛行機を使った偵察で徐々に明らかとなり、翌28日午後、警察部隊は順次霧社へと進出を開始した。

一方、霧社襲撃を終えたモーナルダオ、バッサオ父子らマヘボ社壮丁は、その日のうちに自社に引き揚げた。 予定どおりの行動か、或いは協働を期待したタクダヤの最大勢力パーラン社やタウツァ・トロックの両蕃、南の萬大蕃、干卓萬蕃、北の白狗蕃らが予想に反して蜂起しなかったため態勢の立て直しを迫られて退いたのか、理由はわからない。 タダオノーカン率いるホーゴー及びロードフの壮丁も東に退き、埔里を出発した警察隊は大した抵抗を受けることなくかつて惨敗を喫した人止関を抜け、29日午前8時すぎ、霧社の奪還に成功した。 翌30日、攻撃の主導権は警察から軍に移り、いよいよ苛烈な殲滅戦へと突入する。

【トンバラ社頭目・タイモワリスと小島源治】
日本側に味方するタウツァ蕃トンバラ社頭目のタイモワリスは、劇中では霧社(タクダヤ)蕃マヘボ社頭目のモーナルダオの宿敵として登場するが、実際に2人が直接まみえて憎しみを生ずる場面があったのかは定かではない。 清朝や日本人が『蕃』と呼んだ集合単位は、言わば複数の州(社)で構成される連邦国家のようなもので、小国タウツァと大国タクダヤは互いに牽制し合う隣国関係にあった。 2人の因縁はその両蕃の対立の象徴として描かれたものだろう。

タイモワリスは前頭目・タイモチライの甥にあたり、霧社事件が発生する7ヵ月ほど前の1930年(昭和5年)3月、タイモチライの死去に伴って頭目に推挙され、地位を継承した。 当時タイモワリスの推定年齢は32歳。 48歳のモーナルダオとは16歳ほど離れている。 子供の頃から性格は剛毅で機知に富み、体格にも優れていた。 タイモチライには2人の息子があったが、リーダーの資質豊かな甥のタイモワリスを高く評価していたという。
前頭目・タイモチライは800名以上を従えるタウツァの総頭目的存在で、日本人の良き理解者だったと言われている。 1909年(明治42年)にタウツァ駐在所が設置されて以来、積極的に怠惰な生活習慣や風俗などの改善に努め、蕃の文明化に尽力した。 タイモチライは死の間際に頭目たちを集めて、今後も日本人と争うことがないよう遺言したという。 また死の2、3日前には『自分は心底日本人の心が好きだ、次は日本人になって死にたい』と語り、日本人の服を貰えないかと頼まれた小島源治が自身の制服を与えたとの話も伝わっているが、真偽の程はわからない。 しかしながらここタウツァでは、統治する側とされる側、日本人と原住民との間にタクダヤ(霧社)とは比較にならないほどの関係が築かれていたことは確かなようである。

小島源治のもとにタクダヤ蕃ボアルン社(…タウツァの南8km)で出草との知らせが入ったのは27日の早朝。 駐在所間の連絡員をしていたタウツァの原住民が、日本人警官数名の首をぶら下げているボアルン壮丁を見たと息せき切って戻ってきた。 映画でもあったように、このあとタウツァでは蜂起に加わるか否かの論争となる。 魏徳聖は殺されそうになった小島源治に『私がキミたちに何かひどいことをしたか』とヒステリックな台詞を吐かせていて正直ガクリ…と脱力したが、当時その場に居合わせた少年ピホワリス(…事件の首謀者と同名だが別人)の目撃証言とはかなり様子が異なっている。

ピホワリスは敵蕃ホーゴー社の出身で日本名を『中山清』という。 小島源治の長男とは同級の小学6年生だった(…年齢は14歳くらい)。 運動会襲撃に巻き込まれて母親とはぐれてしまった彼は、トボトボと一人歩いていたところをタウツァの友人に誘われてそこに身を寄せた。 そのとき頭目・タイモワリス宅には小島源治のほか周辺駐在所の巡査や家族たち7、8名の日本人が集められており、タウツァはタイモワリスら親日派と、日本人を殺せという抗日派に分かれて激論を交わしている最中だった。 小島は毅然とした態度で原住民たちの話を聞いていたが、最後にセデックの言葉でこう言い放ったという。 『我々ここにいる日本人は既に死を覚悟している、いつでも殺すがいい。 しかしお前たち千人近い命も、最後には討伐を受けて全滅することを覚悟せよ』、と。 小島源治は当時45歳。 劇中では安藤政信が演じていたため若々しいイメージだが、実際はモーナルダオら頭目たちと同世代である。 その彼から発せられた言葉は原住民たちにとって軽くなかったに違いない。 翌28日、日本軍の飛行機が頻繁に頭上に飛来するようになり、また台中の討伐隊が北の三角峰を越えたとの情報が聞こえてくると抗日派は態度を一変させ、小島のもとを訪れて命令に服従することを誓った。
このあと少年ピホワリスはトロックの壮丁に敵蕃として首を刎ねられそうになったところを小島源治に救われる。 日本軍の反撃で両親ともに死亡し天涯孤独となったピホワリスを、小島は仇側の子供と知ったうえで自ら引き取り面倒を見るのである。

タウツァ内が2つに割れて蕃内の日本人に危険が迫ったとき、頭目・タイモワリスは自分の命に代えても小島を守ると言ったそうである。 何が彼にそこまでの言葉を言わせたのか。 たしかに人間的なつながりはあったのだと思う。 しかしそれ以上に、前頭目・タイモチライの遺志の存在が大きかったのではないだろうか。 頭目を継いでまだ7ヵ月余。 日本人と敵対して一族を滅ぼすことがあってはならない。 その思いが日本人に協力をしてタクダヤの首を狩ることを選ばせたのではないか。 結果、タイモワリスはホーゴー、ロードフの残党を追撃中ハボン渓で敵蕃の待ち伏せに遭い、11月11日に戦死する(…劇中では事件の首謀者・ピホサッポとの対決場面として描かれている)。 頭目以下13名を失った衝撃は味方蕃の士気に大きく影響した。 そして頭目・タイモワリスを殺されたタウツァの強い憎しみと、罪の無い家族を殺された日本人の深い恨みが一つとなって、翌年4月の保護蕃(敵蕃)襲撃…いわゆる『第二次霧社事件』というさらなる惨劇を引き起こすことになる。
現在もタクダヤとタウツァの間には同じセデックでありながら浅くはない溝が残っている。 この溝を作らせてしまったのは日本人なのだと、映画を見ながら改めて考えさせられた。

* * * * * *

僕は日本人だからモーナルダオやタダオノーカンらを抗日義士などとは呼べないし、英雄視もしたくない。 ただ、『霧社事件』という物語があるとするならば、みんなとても魅力的で想像を膨らませてくれるキャラクターたちだと思う。

強力なカリスマ性で反乱軍を率いた武闘派のリーダー、マヘボ社の頭目・モーナルダオ。 蜂起に反対しながらも最後はともに起ち非業の死を遂げたホーゴー社頭目・タダオノーカン。 姐妹原事件・サラマオ事件・霧社事件を経験し、蜂起蕃6社の中でただ一人生き残った歴戦の頭目、ロードフ社のバガハポッコハ。 蜂起に参加することを拒みタクダヤの全滅を防いだ穏健派のリーダー、最大勢力パーラン社の頭目・ワリスブニ。 1対1の勝負を好み、片目を失いながらも敵の首を狩ったという隻眼の頭目、スーク社のピフモーナ。 義を重んじ、日本人に味方して死んだ若きタウツァの頭目、トンバラ社のタイモワリス。 そして、事件を知る最も重要な語り部、花岡二郎の妻・オビンタダオ…。

あと百年も経てば三国志や水滸伝とは言わないまでも、素晴らしい英雄列伝、歴史物語が生まれるのではないか…。 そんな気がする。

* * * * * *

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