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2013年5月20日 (月曜日)

【日治時期を知る (16)】台湾原住民と理蕃事業④ 映画『セデック・バレ 太陽旗』、運動会襲撃前まで。


より大きな地図で 賽德克・巴萊(セデック・バレ) を表示

・泰雅タイヤル族(北蕃)
・賽德克セデック族=西賽德克セデック族(南投県)
  Photo德克搭雅タクダヤ蕃(霧社蕃)
     マヘボ社ボアルン社ホーゴー社ロードフ社タロワン社(タクダヤ)スーク社
     カッツク社・タカナン社・パーラン社・トーガン社・シーバウ社・ブカサン社
     ※ブカサン社は1930年(昭和5年)までにマヘボ社及びボアルン社に吸収合併された。
  Photo_2都達トゥダ蕃(タウツァ)
    ルクダヤ群
     ピヘラ社・ホメリシ社・クラパウ社・ルクダヤ社
    トーダ群
     ルーサウ社・トンバラ社・アイユー社・プンポン社
  Photo_3德魯閣タロコ蕃(トロック)
     サドゥ社・ブラヤウ社・ブシシカ社・ブシダヤ社・タロワン社(タロコ)
・太魯閣タロコ族=東賽德克セデック族(花蓮県)
    太魯閣タロコ蕃
    巴托蘭バトラン蕃(別名・木瓜、タクダヤに相当)
    桃賽タウサイ蕃(トゥダに相当)
    ※花蓮ではタロコが大多数を占める。 バトラン、タウサイも太魯閣族分類となっている。
・布農ブヌン族(南蕃)
※タクダヤ以外の各社の発音は仁愛郷公所HP記載のアルファベット表記を参考にしていますが、適当です^^;。

* * * * * *

1907年(明治40年) 霧社地区全蕃社が帰順。 理蕃事業が進められる。
『理蕃』とは日本的価値観の導入による『文明化』、『同化』の推進である。 出草(首狩り)の禁止、日本語による教育の普及、優秀な原住民の登用、農耕・産業の促進、貨幣経済の導入など。 当初は日本人警官と原住民女性との婚姻も奨励された。
1908年(明治41年) 霧社駐在所、ホーゴー駐在所が設置される。
1909年(明治42年) 霧社北側のマレッパ蕃と白狗ハック蕃(…いずれもタイヤル族)を制圧。 モーナルダオの妹・テワスルダオ、日本人警官・近藤儀三郎と結婚。
1910年(明治43年) 総督府、五年理蕃計画に着手。 新竹のガオガン蕃17社(タイヤル族)の討伐を開始。 タウツァとトロックが手薄になったタクダヤ(霧社蕃)を襲撃したため、立鷹と三角峰の砲台から攻撃を加える。 マヘボ駐在所を設置。 霧社療養所を開設(…翌年、霧社公医診療所に改名)。
1911年(明治44年) タウツァ、トロックと再度和解。 2回目の日本内地観光旅行を実施。 モーナルダオ(マヘボ社)、ワリスブニ(パーラン社)、タダオノーカン(ホーゴー社)らタクダヤの頭目が4ヶ月間日本を観光旅行する。
1912年(大正元年) 9月、隘勇線前進を巡り李棟山でタイヤル族と衝突(…太田山戦役)。 佐塚愛祐、白狗ハック蕃マシトバオン社頭目の娘・ヤワイタイモと結婚。
1913年(大正2年) 刺青の禁止、出草の放棄を指導。
1914年(大正3年) 蕃童教育所が逐次設置される(…警察官らが教師を兼務)。 東の太魯閣タロコ族を制圧(…太魯閣戦役)。
1915年(大正4年) ブヌン族による日本人襲撃が相次ぐ(…カシハナ事件、大分事件)。
1916年(大正5年) 霧社公学校(…原住民向け)と、霧社尋常小学校(…日本人向け)を開設。
1917年(大正6年) ブヌン族による抗日暴動発生(…丹大事件)。
1918年(大正7年) サラマオ蕃(タイヤル族)で抗日の動きが拡がり、出草(首狩り)が相次ぐ。
1920年(大正9年) モーナルダオ、サラマオ蕃の武装蜂起に乗じて反乱を画策するも未遂に終わる。 霧社に能高郡警察課分室を設置。 当局はパーラン、ホーゴー、モーナルダオのマヘボを主力とする霧社の壮丁も動員してサラマオを攻撃。 禁止していた出草(首狩り)を許可し、敵蕃の首に値を付けて狩らせた(…サラマオ事件)。
1925年(大正14年) モーナルダオ、再び蜂起を計画するが未遂に終わる。
1927年(昭和2年) サラマオ蕃が帰順。
1930年(昭和5年) 10月27日、タクダヤ蕃6社が武装蜂起、霧社事件が発生。

* * * * * *

映画の場面はモーナルダオの青年期パートが終わると、霧社事件が起こる1930年(昭和5年)に飛ぶ。 霧社は当時、理蕃政策が最も行き届いた地域と見做されていた。 しかしそれは同時にセデックが20年以上に渡って民族の精神を奪われ続けてきたということでもある。 その奪還行為が、霧社運動会の日本人襲撃だった。

【過酷な出役】
劇中でも霧社の森から切り出した木材を肩に担いで運ばせるという過酷な労役の様子が描かれているが、原住民たちはこれにたいへん苦しんだ。 駐在所や小学校、武徳殿などを建てる際に、各戸何本、女性は何本と割り当てて運ばせた。 とくに1930年(昭和5年)の霧社小学校寄宿舎建設では大量のヒノキが伐採され、ここを聖地と考えていた原住民らの強い反発を生んだ。

台湾原住民の居住地区は平埔族が居住する『普通行政区』と、高山族が居住する『特別行政区』の2つに分けられる。 普通行政区の原住民は漢人とほぼ同様の扱いとなるため納税義務が課せられたが、理蕃政策は適用されなかった。 一方、『蕃地』と呼ばれる特別行政区は警務局理蕃課の管轄となり、納税義務が無い代わりに原住民には労務提供(出役)が義務付けられた。 施設の建設や道路工事などのインフラ整備、ときには敵蕃の討伐にも駆り出された。 また、賃金支払いの遅延や無賃労働、巡査がピンハネするなどの不正が絶えず、これも不平の念を醸成する大きな要因となった。

【花岡一郎・二郎】
漢人が営む商店の店先で日本人に対する不平不満をこぼしながら酒を飲んでいたセデックの若者たちの前に黒服の警官が現れる。 彼が『無駄遣いするな、早く帰れ』とたしなめると、セデックの若者たちは逆にその警官を揶揄し始めた。 警官の名前は花岡二郎。 日本人の名前だが、タクダヤ蕃ホーゴー社出身のれっきとしたセデック族である。 民族名はダッキスナウイ。 とくに説明無く登場するため事情を知らずに見ていた人はなぜ警官が原住民にからかわれているのか、よくわからなかったのではないだろうか。

台湾総督府は統治開始初年度から日本語を中心とする近代的教育を強力に推進した。 各地には公学校(…漢人または原住民向け)、小学校(…主に日本人向け)、そして蕃童教育所・蕃人公学校(…原住民向け)が逐次設置され、原住民児童にも教育の場が与えられた。 二郎は最終的に日本人向けの埔里尋常小学校高等科に進学していることからかなり優秀な生徒だったと思われる。 総督府は成績が優秀な原住民児童に日本名を与え、『模範原住民』として優遇した。 もちろんそこには理蕃の成果を知らしめる総督府の意図が多分に含まれている。 学校卒業後、二郎は警手(…下級警察官)に登用されるが、原住民でありながら日本人の政策に手を貸すという苦しい立場に追い込まれ、悲劇的な最後を迎える。

後のシーンに出てくる警察官・花岡一郎(ダッキスノービン)や一郎の妻・川野花子(オビンナウイ)、二郎の妻・高山初子(オビンタダオ)も同様の理由で日本名を持つ。 皆、二郎と同じホーゴー社の出身だ。 一郎は台中師範学校に進み、卒業後は乙種巡査(…巡査部長、甲種巡査に次ぐ)に登用され蕃童教育所の教師も務めた。 一郎と二郎は同じ花岡の名字を与えられ、民族名も同じダッキスだが血縁はない。 花子と初子の二人はいとこ同士である。 初子はホーゴー社頭目・タダオノーカンの娘、花子は姪にあたる。
原住民の姓名制は複雑で、親族の名を受け継いでループするパターンが多いため人物関係がわかりにくい。 子供が生まれるとそれまでの名前を捨て『~の父』と名乗る部族もいるようだ。
霧社事件発生直後、新聞は一郎・二郎らが首謀者だと書き立てたが、山中で自決していたことがわかると態度をコロリと変えて英雄の如く褒め称えた。 僕は彼らこそが映画『賽德克・巴萊』で最も台湾原住民の苦渋を象徴する存在だったと考えているが、残念ながら劇中での掘り下げは芳しくない。 2003年に初子の視点で描いたドラマ『風中緋櫻』が製作されている。 衛星波でも構わないので字幕付きで放送してもらえないだろうか。 番組の冒頭または最後で、出演していた日本人俳優さんに解説してもらえれば、かなり良い番組になると思う。 ※アンオフィシャルだがYouTubeにはUPされている。

【雑貨屋のおかみさん】
金墩商店の日本人女性が原住民の子守を侮蔑混じりに激しく叱りつけている。 当時の在台日本人が原住民をどう見ていたかを印象づける、短いながらもインパクトのあるシーンだ。 この底意地の悪そうなおかみさんを演じているのは、兵庫県出身で現在は台湾をメインに活動している日本人歌手・西田惠里奈(NANA)。 昨年1月にリリースされた彼女の台湾デビュー作『午後可頌』は以前このブログでもピックアップしたことがある。 来年公開が予定されている魏德聖プロデュースの次回作『KANO』にも出演しているそうだ。 『KANO』は1931年(昭和6年)の夏の甲子園大会に出場し準優勝に輝いた、嘉義農林学校野球部の実話を基にした物語。

【吉村克己・佐塚愛祐】
日本人俳優・松本実が演じた巡査・吉村克己、木村祐一が演じた霧社分室主任・佐塚愛祐は、ともに実在の人物である。 警務局が編纂した『霧社事件誌』や個人の手記など残された資料によれば、蜂起の引き金の一つと言われる吉村巡査がモーナルダオの長男・タダオモーナの手をステッキで殴打し喧嘩となった一件は実際にあったようだ。 また、些細な事で癇癪を起こしては鼻血が出るまで相手を殴ったとの証言も残っている。 吉村巡査に限らず原住民地区では一部日本人警官による体罰を超えた暴力が日常的にまかり通っていたのだろう。 酒席での言葉をめぐる誤解から複数の警官に暴行を受けて死亡した頭目の話も伝わっている。

佐塚愛祐の描かれ方についてはよくわからない。 木村祐一が演じた所為もあるのだろうが、とにかく劇中でのイメージが悪い。 佐塚は山地勤務20年を超えるベテランで、白狗ハック蕃駐在時の1912年(大正元年)にマシトバオン社頭目の娘・ヤワイタイモと結婚した。 当時奨励された原住民女性との婚姻ではモーナルダオの妹・テワスのように捨てられるケースが少なくなかったそうだが、佐塚は長女を頭に二男二女をもうけた。 霧社事件勃発時、間一髪難を逃れた妻・ヤワイは夫の死を知って錯乱状態に陥ったという。 その後子供たちは母や親戚の庇護を受けて成長し、長女・佐和子は東洋音楽学校声楽科卒業後に歌手デビュー。 『運命の歌姫』と呼ばれ話題となった。 名曲として知られる『姑娘十八一朵花』は、佐和子が歌った『蕃社(やま)の娘』(1939年)が原曲である。
個人的心証としては悪代官的な人物像は想像しづらいのだが、実際はどうだったのだろうか。 吉村巡査のような具体的な話は出てこない。 ただ、霧社の日本人のトップである佐塚に彼らの不満と怒りが凝集していっただろうことは想像出来る。

当時の霧社地区は落ち着いた状態にあったため、警察官の数も以前の5分の1にまで減っていた。 経験の浅い新人が回されてくることも多かったという。 吉村巡査もそんな中の一人だった。 他方、映画には出てこなかったが水田耕作を熱心に指導し住民の尊敬を集めながら、霧社事件で家族とともに惨殺されたホーゴー駐在所の川島巡査のような日本人がいたことも事実である。 現代と同じように当時も清濁様々な日本人がいたわけだが、劇中では傲岸不遜な同族の面ばかりを立て続けに見せられるので本当に気分が滅入ってしまう。

【銃の押収】
総督府は武装解除・帰順した蕃社の銃器を徹底的に押収していった。 日本史で言うところの『刀狩り』である。 取り上げた銃・弾薬は駐在所で管理され、劇中で描かれているように原住民が使用する際には許可を申し出て借りなければならなかった。 狩猟を生活の糧としていた彼らにとってこれがひじょうに不便だったという。 しかも貸与の判断は巡査の裁量次第だったため容易に借りることが出来ず、さらに不満を増大させることになった。 霧社事件では分室・駐在所合わせて13ヶ所が襲撃され、銃180挺、弾薬2万3000発が奪われた。

【小島源治】
安藤政信が演じたタウツァ駐在所巡査部長・小島源治も実在の人物だ。 この映画では数少ない原住民の理解者として登場する(…劇中ではトンバラ駐在所勤務となっている)。 実際、原住民の習俗に精通し、原住民の言葉も解した。 霧社事件発生時、蜂起に加わろうといきり立つトンバラ社らタウツァ蕃の連中を説き伏せ翻意させた話も事実のようである。 しかし、運動会襲撃で妻子を殺害され復讐鬼と化していくくだりは脚色というより、もう完全にフィクションだ。 小島源治の妻・マツノは殺されてはいない。 襲撃現場から生還している。 ここは史実どおりに描くべきだったと僕は思う。 知っている人が見ればシラケるだろうし、知らない人がそのまま信じてしまうのは不味いと感じた。 事実を改変して新たなストーリーを付加するにはまだ歴史が若すぎる。 小島源治は1983年まで存命だった(…享年98歳)。 もちろん子孫もいる。

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実話を基に脚色した…、映画のオープニングでそのような字幕が流れたと思う。
たしかに史実には沿っている。 しかしモーナルダオのカリスマ性を強調するためか明らかに関わっていないはずの出来事にまで彼を登場させるなど、脚色を超えた強引さが目についたのも事実だ。 魏徳聖(ウェイダーション)もそのあたりを問われることは承知のうえだったのかもしれない。 細部を追求すれば4時間半でも不足だったろう。 敢えて整合性にはこだわらず、原住民が持つ精神世界を核に荒々しい歴史スペクタクルとして描いている。 僕はじゅうぶんに納得をして楽しんだ。

ただ、今回初めて霧社事件の存在を知ったという日本人も少なくないはずだ。 ここで描かれていることをそのまま鵜呑みにされては困る。 やはり映画は映画、なのである。 これをキッカケに芸能や観光だけでなく台湾の歴史にも目を向ける日本人が増えてくれれば…と、今は願っている。 東日本大震災時に多大な支援を寄せてくれた台湾の方々への何よりの恩返しは、『台湾』をよく知ることだと思うから。

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