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2013年3月14日 (木曜日)

【日治時期を知る (2)】日本登場~オランダ、スペイン植民時期まで

いきなり日本統治時代から入るのも唐突なので、台湾史に日本が登場するあたりから概略だけだが軽くメモしておく。 主に参考としたのは1997年に刊行された初めての台湾史教科書『認識台湾』の日本語版『台湾を知る』だ。

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歴史教科書『認識台湾』の中に『日本人』についての記述が登場するのは、14世紀後半(明朝の初期)以降だ。 その時代すでに澎湖(ほうこ)と台湾本島は、日本人商人の密貿易や海賊(倭寇)活動の拠点となっていた。 倭寇による略奪被害は高麗、山東から、浙江、福建、広東へと拡大しており、明朝は海上での人民の活動を禁止する海禁政策を施行。 16世紀末になって台湾海峡に派兵し、軍が澎湖に進駐したことから倭寇や商人たちは台湾本島に活動の拠点を移していった。

1624年、オランダ人が台湾南部の占領を開始。 多くの原住民集落(社)が攻撃を受け、征服あるいは殲滅された。 また、大陸から募集した大量の漢人に土地を開墾させる一方、権利を与えず過酷な税を課すなど厳しく圧迫。 キリスト教への改宗も強要した。 1652年に発生した大規模な反乱『抗蘭事件』では、その制圧に於いて数千人の漢人が殺害される事態となっている。

オランダ人に続き、1626年にはスペイン人も台湾北部の占領を開始。 スペイン人は16年間の占領期間中に30人以上の宣教師を送り込み、4千人を超える原住民と漢人、そして日本人をローマカトリック教に改宗させたとみられている。 1642年、スペイン人はオランダ人によって駆逐されるが、そのオランダ人も1661年に明朝の遺臣・鄭成功率いる2万5千人の軍に攻められ、翌1662年に降伏。 台湾から駆逐されている。
鄭成功と息子の鄭経は台湾開発と貿易の基礎を築き、鄭氏二代による鄭氏治台時期は清朝に降伏する1683年まで続く(…鄭成功は1662年に、鄭経は1681年に死去)。

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