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2013年3月26日 (火曜日)

【日治時期を知る (11)】台湾水道水の父、ウィリアム・バートンと浜野弥四郎

ウィリアム・バートン(William Kinninmond Burton)という名前をご存知だろうか。
日本と台湾の上下水道計画、衛生環境の向上に尽力したスコットランド出身のエンジニアだ。
僕は台湾史を学ぶまでこの名前をまったく知らなかった。

バートンは1856年、スコットランド・エディンバラに生まれた。 父親は弁護士兼歴史研究家として著書も残しているジョン・ヒル・バートン(John Hill Burton)。
エディンバラの工業専門学校を出たバートンは、土木建築や河川港湾工事、ヨーロッパ各都市の上下水道、衛生設備の建設に携わり、1881年にロンドン衛生保護協会の常駐エンジニアに任命された。 1887年、コレラなどの伝染病対策に苦慮していた日本内務省衛生局に技術顧問として招かれ来日。 北海道から九州まで全国各都市の衛生状況調査、上下水道計画作成に従事するとともに、東京帝国大学で後進の育成にもあたっている。 ちなみに1923年(大正12年)の関東大震災で半壊する浅草十二階(明治23年完成)は彼が基本設計をしたものである。
私生活では1892年に同居中の日本人女性との間に一女をもうけ、その2年後に結婚。 普段着は和服という日本贔屓。 シャーロック・ホームズシリーズで有名な小説家・コナン・ドイル(Arthur Conan Doyle)とは同郷の幼なじみで(…バートンのほうが3歳年上)、ドイルの小説に日本の話題が登場するのはバートンとの交流があったからと言われている。 ドイルは幼少期、家庭のネガティブな事情からバートンの叔母・メアリー(Mary Burton)宅に預けられていたことがあり、以来二人の交流関係はずっと続いていたようだ。

1896年(明治29年)7月、バートンは当時内務省衛生局長だった後藤新平の推薦で、総督府衛生顧問として台湾に渡った。 その頃の台湾の衛生状態は劣悪で、マラリアやコレラなどの風土病が絶えず、台湾人の平均寿命は30~40歳ほどだったと言われている。 1874年の牡丹社事件や1895年の乙未戦争時に死亡した日本人兵士の数もマラリアなどによる病死が圧倒的多数を占めており、衛生環境の改善が急務となっていた。 バートンは着任早々、台北、大稻埕(ダーダオチェン)、艋舺(モンガ)など市街地の衛生及び給排水状況を調査し、同年9月に『衛生工事調査報告書』を提出。 日本で行なったのと同様、台湾内を北から南まで澎湖を含めて精力的に歩き回り、マラリアや赤痢に苦しめられながら台湾上下水道計画の基礎を作り上げた。

1899年(明治32年)、バートンは基隆の水道設計案を仕上げたのち休暇を取って日本に一時帰国するが、しかし彼が再び台湾に戻ることはなかった。 バートンは悪性の肝臓膿腫を患い、同年8月5日、東京帝国大学附属病院にて急逝。 家族とともにイギリスに里帰りする準備をしていた最中のことだったという。 日本と台湾上下水道の父・バートンの遺体は、東京青山墓地に眠っている。

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バートンの遺志は、彼の愛弟子・浜野弥四郎(…千葉県佐倉市出身、1869年-1932年)に引き継がれた。 東京帝国大学でバートンに師事した浜野は1896年に助手としてともに来台。 師亡き後もそのまま台湾に留まり、基隆、台北、台中、台南など主要都市の上下水道を建設、完成させた。 これによって台湾の水質問題は劇的に改善し、衛生環境向上に尽力した浜野は『都市の医師』と呼ばれ尊敬をされている。

1919年(大正8年)、浜野は23年間の台湾勤務を終え日本に帰国。 バートンから続く志は浜野の部下・八田與一(…石川県金沢市出身、1886年-1942年)に引き継がれ、1930年(昭和5年)、烏山頭ダムの完成に至る。 台湾水利事業では八田與一にばかり注目が集まりがちだが、その基盤を築いたのは間違いなくウィリアム・バートンと浜野弥四郎である。 日治時期に功績を残した人物として、八田與一とともにぜひ知っておいていい名前だと思う。
浜野が設計した台南の山上浄水場には、2005年に復元された彼の胸像のレプリカが飾られている(…オリジナルは戦時供出で失われた)。

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